「丹波」の国名の起こりは、この地に降臨した豊受大神が、五穀の種をもらい、田畑を開いて蒔いたところ、瑞穂が田に満ちたので「あなにえし田庭(たにわ)なるかも」と喜んだことによる説が有力です。また、赤い稲穂が波のように風になびいている土地。「丹」は赤の意味であることから「丹波」と呼ばれるという説もあります。いずれにしても、丹波は稲作の先進地であったようです。
「赤い稲穂」に疑問をもたれると思いますが、古代、米の主流は赤米でした。野生のイネは玄米の色が赤で、栽培化にともなって、現在の色に変わってきました。赤米は肥沃な土地でなくても育ち、籾の生命力は強いのですが、稲は倒れやすく、収穫量も白米に劣ります。さらに食味は、芳ばしさはあるものの、粘りが少なく、白米に遠く及びません。奈良時代には白米は宮廷で主食となっていたようですが、庶民は赤米を多く食していたと考えられ、江戸時代になってもかなりの面積で栽培されていました。 |

棚田の稲刈り |
ところが、明治時代になると、政府から赤米は「白米に混ざると食味が劣化する」とのことから、徹底的に排除されてきました。今でも赤米は、米として認められず、雑穀として扱われています。
その赤米が近年見直されています。古代へのロマンもありますが、赤米は白米より鉄分、ビタミンB1、カルシウムを多く含み、特に鉄分は白米の四倍あって披露回復や貧血防止に効果があると言われることから、健康食品として注目されているのでしょう。白米9:赤米1の割合で混ぜて炊いたり、おかゆにしたり、もち米に混ぜたりとの利用が増えています。篠山でも栽培が復活しています。 |
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